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    <title>マンション管理士 内藤正裕のページ</title>
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      <title>マンション管理士 内藤正裕のページ</title>
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      <title>「ナイスステージ湘南台」ホームページをリニューアル</title>
      <link>http://www.m-naito.com/modules/weblog/details.php?blog_id=2978</link>
      <description>ちょっと遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。この正月休みを利用して、「ナイスステージ湘南台」ホームページをリニューアルしました。従来のホームページは「IBMホームページビルダー」を使用して作ったものでしたが、コンテンツが増えるに従って更新作業に時間と手間がかかるようになってしまったため、維持管理を効率化するために「XOOPS」を使って再構築したものです。このXOOPSはコミュニティサイト構築用の無償ソフトですが、高知県のホームページなどでも使われています。ブログと同様にブラウザ上から気軽にホームページの更新作業が出来るので、おすすめです。昨年の夏頃からXOOPSの導入を検討していたのですが、なかなかまとまった時間が取れずに、構想だけを練ってました。まだコンテンツの移転が完全には終わっていませんが、とりあえず形は出来ましたので、この場でご紹介させていただきました。ついでに独自ドメイン(www.nicestage.org)も取得しました。マンション管理組合様を応援するために、このようなマンション管理組合ホームページの作成代行や作成指導もお引き受けしますので、ご興味のある方はこちらをご覧ください(^_^)</description>
      <pubDate>Wed, 04 Jan 2006 16:30:06 +0900</pubDate>
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      <title>理事会は開けばいいってもんじゃない</title>
      <link>http://www.m-naito.com/modules/weblog/details.php?blog_id=2976</link>
      <description>管理組合活動を活性化するために、毎月の定例理事会は欠かせない。しかし、ただ役員が集まるだけでは意味がない。ある管理組合では、毎月欠かさずに定例理事会を開いていたものの、何も出来ずに1年間の任期が終わってしまったというケースがある。その理事会では、管理会社のフロント担当者がおざなりの管理状況報告をするだけで、理事長も個人的な不満を口にするだけ。解決すべき課題があっても、他の役員は全員黙って座っているだけで何も決まらずに散会。次回は前回の話し合いの内容などすっかり忘れていて、別の解決すべき課題が上がってきても、また何も決まらずに散会という繰り返し。結局1年間、計12回の理事会で何も決めることができず、何も実行に移せなかった。フロント担当者にも理事長にも会議をマネージする能力が無かったという典型的なパターンだが、とんだ時間の無駄遣いだ。1年間もの活動の停滞はその管理組合にとっても大きな不幸だったし、トラブル対応が遅れたことによる金銭的な代償も高くついた。これほどひどいケースはそう多くはないだろうが、程度の差こそあれ、多くの理事会が同じような症状に陥っていることは容易に想像できる。そもそも会議の進め方など、学校では教えてくれないし、多くのサラリーマンが、会社で無駄な会議を毎日のように続けているのが現実だからだ。そもそも理事会の場で、何の前触れもなしにいきなり問題を提起するのは反則技に近い。事前に何も知らされていなかった出席者が、理事会でいきなり問題を振られても、すぐには対応ができない場合が多い。ましてや、その場の思いつきだけで議論や判断をすることは最も危険だ。時間の無駄になるだけでなく、間違った判断をする危険性が高い。理事会を開いて何か議論したいなら、事前に議案は配布して、他の出席者に十分に考える時間を与えておくことが大事だ。もし理事会で何か提起したい問題があるのなら、事前にその内容を他の役員全員に連絡しておくべきだ。問題提起と一緒に、自分なりに考えた対策案のひとつでも出すのが気の利いた人間のやり方だ。そもそも問題の多くは、わざわざ理事会にかけなくても、担当者間の連絡で解決する場合が多いし、どうしても理事会で討議する必要のある問題なら、事前に出席者に十分な情報を与えて、考えをまてめてきてもらうことが大事だ。せっかくの理事会の場で特定の人に相談をもちかけたり、質問したりすることもよくない。これも時間の無駄だ。特定の人に相談や質問をしたかったら、事前に直接その人と会うなり、電話をかけるなりすればよい。わざわざ全員が揃った理事会の場で行う必要はない。理事長によくありがちな失敗は、理事会の場で他の理事に頼みごとや指示をすることだ。これもご法度。人にモノを頼むときには、会議の場ではなく、個別にお願いをすること。そうでないと、相手はなかなかその気になってくれないものだ。管理組合の役員同士は、日頃なかなか顔を合わせる機会がないので、どうしても理事会の場でいろいろなことを頼みたくなる気持ちは理解できるが、決してやってはいけない。互いに都合の良いときに直接会って話をするのがベストだが、その他にも電話やメールなど、個人的に連絡する手段はいくらでもある。何か人に頼みごとがあれば、相手と直接向き合ってすべきだ。会議の場では、意見を求めるのは良いが、自分の考えに反した意見が出ても不用意に反論しないこと。他人の意見は、良いところだけを取り入れればよいのだ。反論合戦は時間の無駄。反論があるなら会議が終わってからにしてほしい。きっと会議が終わる頃には、小さな意見の相違にこだわることの無意味さが分かって、反論する気はなくなるだろう。理事会決議が必要なものも最小限に留めるべきだ。出来るだけ権限委譲をすすめて、担当役員の判断で決裁できるようにすべきだ。へたに理事会で決議すると、逆にそれに縛られることになって、臨機応変な対応ができなくなるなど、弊害が生じることもある。責任の所在が分散して、何か問題が発生したときも、誰も責任を取ろうとしなくなることもある。基本的に「役員全員から意見を求めるが、最後は担当理事がひとりで決める」という考えがよい。そうなれば、権限を委譲された理事は、自ずと真剣にならざるを得ない。誰でも、人から言われたことをやるよりは、自分で決めたことをやるときのほうが力を発揮するし、そのほうが達成感も大きいものだ。逆に権限を委譲する理事長側も、最終責任は自分にある訳で、なかなか勇気のいることだ。優秀な理事長なら、自分でやった方が早いし、確実だとも思えることもあるだろう。しかし、自分でやってしまうといつまでも後進が育たない。手を出したくなっても、じっと我慢して、担当理事に任せるべきだ。多少の失敗には目をつぶること。人間は成功からよりも、失敗から多くのことを学ぶものだからだ。理事会を連絡や報告の場にしてもいけない。インターネットの利用がこれだけ普及した時代である。日頃の役員間の連絡や報告は、電子メールを活用すればよい。全役員をメンバーとするメーリングリストでも立ち上げれば理想的だ。役員同士だけでなく、管理会社のフロントとも日頃から電話やメールで密にコミュニケーションを取ること。必要があれば、個別に呼び出したり、逆にこちらから管理会社の営業所に出向いてもいいだろう。もちろん管理員との密なコミュニケーションも欠かせない。そのマンションの建物や設備、住人やその家族構成、人間関係まで、一番詳しい人間が管理員だ。マンション管理を円滑に進めようと思ったら、まず管理員と仲良くすることが大事だ。普通のサラリーマンだとなかなか管理員と顔を合わせる時間がないが、電話でのコミュニケーションやメモ書きのやり取りなどで、情報交換をすること。管理員がメールを使えればベストだ。役員間のメーリングリストに管理員が参加してくれれば、これ以上心強い味方はいないだろう。極端な話、役員同士やフロント担当者、管理員との日頃のコミュニケーションが十分に取れていれば、理事会はまったく不要だ。せいぜい担当業務の進捗状況を互いにチェックする程度で十分だろう。管理規約で理事会決議事項として定められているものについては、決議を行って議事録を残す必要があるが、あくまでも形式的なものと考えたほうがよい。むしろ、日頃顔を合わせる機会のない役員が月に1度だけ集まるのだから、そのマンションの未来や管理組合の進むべき方向などについて、ざっくばらんに意見交換をしたり、互いの親睦を深めたりする目的に使ったほうがよい。月に1度の理事会に形だけ集まって話をしても、時間は限られる。2時間の理事会でも取り上げるテーマが6件あったとすると、1件あたりに取れる時間はたった20分しかないことになる。もし10人の参加者がいたとすると、1人が意見を述べることができるのはたった2分ということになる。これでは十分なコミュニケーションは不可能だ。決して報告や議論の場にしてはいけない。助言や指示が必要であれば、理事会の前に個別に行っておくことだ。せっかく理事会を開くなら、ぜひその中身を充実させてほしい。むしろ管理組合役員になったことは、会議をマネージする能力を身に付けるチャンスを得たと考えよう。今からでも決して遅くはない。意識して今までの理事会のやり方をちょっと変えてみるだけで、管理組合全体の動きが生き生きとしてくるはずだ。</description>
      <pubDate>Thu, 01 Dec 2005 17:48:09 +0900</pubDate>
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      <title>マンション管理士はベンチャー精神を持て</title>
      <link>http://www.m-naito.com/modules/weblog/details.php?blog_id=2975</link>
      <description>マンション管理士は儲からない商売なのか平成13年度から平成16年度にかけてのマンション管理士試験の合格者数は16,699人。そのうちマンション管理士情報検索サービスに登録をしているのは、2005/11/21現在で2,290名。合格者の中のたった14%にすぎない。この検索サービスに登録しているということが、必ずしもマンション管理士業を生業とする意思表示とは限らないので、実際に独立開業を目指すマンション管理士の数はもっと少ないことになる。これに対して全国の分譲マンション物件は約9万7千件。検索サービス登録者一人当たり、最低でも約42件の見込み客があることになる。ところが現実には、マンション管理士として有償業務を行っている者はほんの一握りである。実際に、昨年度の神奈川県マンション管理士会のアンケート調査でも、マンション管理士としての有償業務を専業で行っている会員は全会員の4%に過ぎず、兼業で行っている会員を合わせても16%に過ぎない。準備中と思慮中の会員が43%で、残りの41%はもともと有償業務を予定していないか無回答である。このデータからも明らかなように、今のところマンション管理士は簡単には儲からない商売だと言うのが事実だ。これは取りも直さず、マンション管理適正化法に定められたマンション管理組合に対する助言・指導というビジネスモデルが、市場のニーズと懸け離れていることに他ならない。まず、マンション管理士制度を利用するには、管理組合役員の意識が高くなければならないが、多くの管理組合役員が1年任期の輪番制であり、管理組合役員の意識は高くなりにくい。逆に、管理組合役員の意識が高いマンションでは、住民主導で管理組合活動が活性化しており、あえて専門家の助言・指導を必要とせずとも、それなりに自立できているケースが多い。仮にもし管理組合が専門家の助言・指導を必要と感じても、有償での助言・指導を仰ぐには、一般会計の収支にそれなりの余裕がなければならない。特に最近ではマンション管理士資格を持つ管理会社のフロント担当者も多く、日常の問題やトラブルに関しては、管理会社に相談をすることで解決できてしまうことも多いので、対価を支払ってまでマンション管理士制度を利用する意味は見えにくくなっている。マンション管理士に対するニーズはあるのかマンション管理士に対する潜在的なニーズがあることは間違いない。あせらず、あわてず、あと10年も待てば、マンション管理士に対するニーズは自ずと高まるはずだ。なぜなら、10年後には少子高齢化のために世帯数の減少が始まるからだ。当然マンションストックも余剰となる。立地条件の悪い郊外のマンションは投売り状態になり、資産価値の低下に歯止めがかからなくなる。空き住戸や滞納者が増え、管理の悪いマンションではスラム化が進み社会問題となる。外資の参入により専有住戸の証券化も進み、管理組合の主導権を一般の区分所有者ではなく投資家が握ることになる。それによりマンション全体の居住環境が向上すれば良いが、一部の投資家のみのメリットばかりを押し付けられて無知無関心の区分所有者が不利益を被るようなトラブルも発生してくる。そうなれば、自ずとマンション住人の意識も高まり、マンション管理士に対するニーズも増えてくるだろう。スラム化したマンションは管理会社からも見放される。5分の4以上の議決権を獲得した一部の投資家に建替えを決議され、退去を余儀なくされるマンション居住者も現れてくる。そのときにマンション管理組合が助けを求める専門家はマンション管理士しかいない。スラム化して管理会社が見放したマンションに乗り込んだり、自分の利益しか考えない投資家に立ち向かったり、素人の手に負えない問題解決のために体を張って正面からトラブルに向き合えるようなマンション管理士が必要とされる時代は必ず来る。しかし、そのような時代が訪れるまで10年も待てないのであれば、自らの手で市場を開拓していくしかない。一部ではマンション管理士に業務独占権など何らかの利権を与えてもらうことを行政に期待する向きもあるが、この規制緩和の時代にそれを期待すること自体がナンセンスだろう。世の中に不平不満ばかりを並べても仕方がない。自分を変えることによって、自らの手でビジネスをつかみとるしかない。そのことによって初めて世の中も変えることができるというものだ。今のところ、こうすればマンション管理士は儲かるという確固たるビジネスモデルは存在しないが、全国に約9万7千件のマンション管理組合と、510万戸の区分所有者が市場として存在することは紛れもない事実である。その大きな市場を前に、ベンチャー起業家としての意識を持って、様々なアイデアで自ら新たなビジネスモデルを確立するという覚悟が必要だ。現に独立開業し、専業として成り立っているマンション管理士は、様々な方法でマンション管理組合と接触する場を創出し、そのニーズを敏感に感じ取りながら、自らが持つ知識とノウハウを駆使して、顧客の満足を得るための最大限の努力を怠っていない。その中で数多くの経験を重ねながら、数多くの失敗から多くのことを学び、自分なりのビジネスモデルを確立しつつある。ただし、他人と同じやり方で必ずしも成功するとは限らない。マンション管理士は体ひとつが資本であり、自分が持つあらゆる経験や知識、ノウハウを駆使しながら、全人格で勝負する世界だ。先達のノウハウを参考に、自分なりのビジネスモデルを工夫しながら作り出す必要がある。「Quality Of Life」を演出せよマンション管理士の新しいビジネスモデルを創出するに当たって、ひとつのキーワードとなる可能性があるのは、「Quality Of Life」(生活の質)だろう。モノ余りの時代に、生活の良し悪しを単に物質的な面から量的にとらえるのではなく、精神的な豊かさによる質的な満足度を重要視するライフスタイルが尊重されるようになってきた。その一方で、マンション居住者の大多数は自分の生活にしか興味がない。マンションの共用部分は家の「外」であり、自分の持ち物という意識は薄い。多くの住人にとってマンションの管理費と修繕積立金は、家賃や税金のようなもので、コストにしか過ぎない。義務感から仕方なく払っているだけで、安いに越したことはない。管理費や修繕積立金も単なるコストであり、自らの生活の質を高めるための投資という考え方がないために、いったん払った後はその使途にはまったく無頓着になる。一般にマンションの区分所有者が、管理組合活動に対して無知・無関心である根本的な原因もそこにある。マンション管理士に対する顧問契約料も同様で、コストとして捉えられてしまうのが普通だろう。したがって、管理会社の定額管理費を削減することで顧問契約料を捻出させ、管理組合に取り入ろうとするマンション管理士もあるが、単なるコストカッターとしての役割しか果たせないと、コスト削減後はお払い箱になる危険性が高い。マンションの共用部分を自分の家の一部と感じてもらい、マンションに対する愛着を深めてもらうには、適正なマンション管理が自分の生活の質を高める上で重要な役割を果たしていることを実感してもらうしかない。そもそも区分所有者は、マンションでの暮らしと持ち家のステータスにあこがれて何千万円もの高い買い物をした人たちである。自分の家族を愛し、そのQuality Of Lifeを得るための投資には、カネを惜しまない人たちである。マンション管理士との顧問契約を、コストではなく生活の質を高めるための投資と考えてもらうことさえできれば、彼らは喜んで顧問契約料を払うようになるだろう。マンション居住者に生活の質の向上を実感してもらうために、マンション管理士は何をすべきかをよく考えてほしい。その答の中に、マンション管理士の新しいビジネスモデルを構築するための大きなヒントが隠されている。愉快で楽しい管理組合を目指せそのひとつのヒントは、普通のマンションでは管理組合役員になることは誰でもいやがることだ。輪番制にしたり、抽選にしたり、役員の確保にはどのマンションも苦労しているのが現状だろう。誰でも面倒な事は引き受けたくないからだ。しかし、実は管理組合活動は楽しいものなのだ。それまで見ず知らずだった同じマンションの住人と力を合わせて、自分のアイデアを活かして色々なことを実現できる。階段下のデッドスペースを使って駐輪場を増設しようとか、殺風景なゴミ置き場の周囲に花壇を作ろうとか、「マンションのしおり」を作って全戸に配布したり、バーベキューパーティを企画したり、クリスマスツリーの飾り付けをすることも可能だ。もちろん総会で承認を得ることが前提となるが、自分がオーナーなのだから、本来は好きな事ができて当たり前なのに、なぜか誰もやろうとしない。なぜだろうか。その一番の原因は多くのマンションが採用している1年任期の輪番制にある。自分が新任役員になったときには、事業計画や予算案は前任者が作成済みで、それを実行することだけが義務づけられる。これでは「やらされ感」ばかりが強くて、やる気も起きないのが普通だろう。本来人間は自分でやろうと決めたことは全力を尽くしてやるものだし、そのことによって得られる達成感は何事にも代えがたい。そのためには少なくとも役員の任期は2年以上にして、最初の1年間は先輩役員に色々と教えてもらいながら経験を積み、次期の事業計画と予算案を策定し、2年目にそれを実現するという方法もあるだろう。あるいはわざわざ1年も待たなくても、理事会の自由裁量で使途を決められる予備費を定めておいたり、臨時総会を開けばよいだけの話である。管理組合活動の楽しさを演出して、理事会そのものがエンターテイメントの場になるように持っていけたら、それだけでも住人の生活の質の向上に大きく貢献できるようになる。そこにも大きなヒントがある。人のいやがることにこそ、大きな市場ニーズがあることに気付いてほしい。「2007年問題」をチャンスと考えよもうひとつのキーワードとなりそうなのが、「2007年問題」である。1947年〜1951年生まれの、いわゆる「団塊の世代」が退職年齢に達し始めることである。それまで会社人間だったサラリーマンが大量に退職を始める。退職後はまさに毎日が日曜日で、好きなゴルフや旅行、読書三昧で、待ちに待った夢のような日々だ。しかしその喜びが続くのもせいぜい3ヶ月で、いずれ飽きてしまう。後は特にやるべきこともなく、悶々と暮らす退屈な日々が待っている。そのような定年後のサラリーマンが、自分の住むマンション管理組合の活動に、それまでの人生経験を活かして力を注ぐようになることは大いに考えられる。彼らは第2の人生を実りあるものにするために、新たな資格取得の意欲も高い。マンション管理士資格もその候補のひとつになる。このような定年後サラリーマンのマンション管理士資格の取得目的は、必ずしも真剣に独立開業を考えているケースばかりではない。自分の住むマンションの管理の適正化のため、自己研鑽が目的というケースも多い。しかし、マンション管理士の資格さえあれば、マンション管理はうまく行くという単純なものではないことにすぐに気が付くことになる。仮にマンション管理士の資格取得で、あわよくば一儲けしようという気があったとしても、単に資格を取っただけでは収入に結びつかないことや、たいした苦労もせずに簡単に儲かる商売ではないという現実をすぐに知ることになる。マンション管理に関わることに喜びを感じる人々も現れる一方で、他のもっと自分の好きな物事に興味が移る人々も現れる。マンション管理に対する意識は高まったものの、自分たちだけで適正な管理を行うことには限界を感じており、住宅ローンも払い終えて経済的にも比較的余裕がある。そのようなマンション管理組合にうまくアピールできれば、マンション管理士との顧問契約が一気に進む可能性もある。自己の商品価値を明確にアピールせよどのようなビジネスモデルを確立するにしても、新たな市場に切り込んでいくには、顧客にとって対価に見合ったメリットを明確にアピールできることが必要だ。そのためには、自分が欲しいと思う報酬額を考えるのではなく、自分が提供するサービスがどの程度の価値のあるものかを考え直してみることも大事だ。マンション管理士は管理組合にマンション管理の知識やノウハウを売るのが商売の基本であるが、それらの大部分は書籍やインターネットによって容易に得ることのできるものだ。マンション管理に関する無料セミナーも多い。行政による無料相談会も各地で行われている。電子メールでなら、無料で相談に応じるマンション管理士も多い。その範囲に留まる限り、マンション管理に関する知識やノウハウ自体は実はあまり商品価値は高くないと言える。法律に関するスペシャリストである弁護士だって、単なる法律相談だけでは業は成り立たない。彼らは顧客に代わって法廷に立ち、法律を武器に相手と戦う実務によって高額の報酬を得ているのだ。マンション管理士も同様に、本やインターネットでは容易に得られない知識やノウハウを活かして、管理組合や区分所有者にどのような、価値のあるサービスを提供できるかを常に考えていかないとビジネスとしては成り立ちにくい。それは必ずしもマンション管理の知識やノウハウに留まらない可能性がある。経営学、経済学、心理学、語学などの知識から、気配りや思いやり、明るさと言った人間性、果ては豊富な人生経験や人脈に至るまで、全人格的な能力を発揮させることが要求されているビジネスと言っても過言ではないだろう。一方、実務経験のまったく無いマンション管理士が存在するなど、同じマンション管理士の中でもそのレベルに差があり過ぎることも問題だろう。マンション管理士の資格を持つ区分所有者が他の居住者とトラブルを起こすなど、一部にはマンション管理士に対するマイナスのイメージさえもある。玉石混合とも言える数多くのマンション管理士の中から自分を選んでもらうために、どのように自分の商品価値を高め、他のマンション管理士と差別化できるかを考えると同時に、それを管理組合にどのようにアピールするかを考える必要もある。今後は、プロのマンション管理士として業の成り立ちを目指すマンション管理士と、そうでないマンション管理士の2極化がより進むことになるだろう。それだけにマンション管理士という肩書きが、弁護士や公認会計士のように社会的に一定のステータスを持つようになることはまったく望めないと考えてよい。もし業の成り立ちを目指すのであれば、マンション管理士という肩書きにはあまり固執しないほうが賢明だ。自分をマンション管理士としてアピールするのではなく、マンション管理士としての自分をどのようにアピールするかを考えたほうが良い。学歴も肩書きも資格も、その一切を取り払ったときに残る自分という存在に、いったいどのような商品価値があるのかを、考えてみることだ。その棚卸しをした上で、どのようなビジネスモデルで勝負をかけるのか、色々なアイデアを思いついたら、すぐに試してみるのがよい。チャレンジを繰り返し、失敗から多くのことを学んだ者が勝者になれるのがベンチャービジネスの世界だ。マンション管理士としてのビジネスは、まさにそのような世界だということを自覚した上で、失敗を恐れずに何事にもチャレンジしてほしい。</description>
      <pubDate>Mon, 21 Nov 2005 18:30:46 +0900</pubDate>
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      <title>メールアドレスを持たない役員を役員MLに加える方法</title>
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      <description>管理組合役員の多くはサラリーマンや自営業者で、毎日仕事に追われている。職種も休日まちまちで、生活時間も異なるため、おのずとコミュニケーションが疎遠になりがちである。しかし、管理組合活動を円滑に推進していくためには、役員同士の密なコミュニケーションが欠かせない。幸いインターネットの普及により、時間を気にせずに電子メールでの連絡が簡単にとれるようになった。理事会の議案も事前に配布しておけば、会議の場の思いつきで議論や判断したりすることもなくなるので、時間の節約にもなるし間違った判断をするリスクも軽減できる。役員の間の日常のコミュニケーションにはぜひとも電子メールを活用すべきだろう。特にメーリングリスト(ML)を利用すれば、すべての役員のメールアドレスをいちいち宛先やCCに入力したり、アドレス帳に登録したりする手間も省けるし、便利だ。MLには、FreeMLやYahoo! Grouposのような無料のサービスも数多くあるが、メンバー全員がユーザー登録をしなければいけなかったり、不必要なメールマガジンが届くようになったり、無料であるがゆえのデメリットもあるので、できれば有料のサービスを利用したい。レンタルサーバーを利用するのもひとつの手だ。例えばハッスルサーバーは、初期費用1,000円、年間2,500円(税込)でディスク容量500MBが利用でき、MLも無制限で作成できる。ただし忘れてはならないのは、メールアドレスを持たない役員の存在だ。実際、内閣府経済社会総合研究所の統計調査サイトによると、今年3月でパソコンの世帯別普及率は約65%に達しており、この2〜3年は頭打ちになっている。これだけインターネットが普及したとは言え、3分の1もの世帯はまだパソコンを持たないということだ。パソコンを持っていてもインターネットを利用していない世帯もあることから、インターネットの利用環境にない世帯はもっと多いことになる。メールによるコミュニケーションは有益だが、メールアドレスを持たない役員は「蚊帳の外」に置かれてしまうことになる。このようなことは絶対に避けなければならない。メールをその都度プリントアウトして渡すという方法もあるが、他の役員にとって大変な時間と労力がかかることになる。管理組合でパソコンを購入またはレンタルして、メールアドレスを持たない役員に使ってもらうという方法もあるが、特に高齢者の役員の場合、パソコンの操作そのものに抵抗を感じる場合も多いので、それを強いるわけにもいかない。そこでお勧めしたいのが、パソコンから送信した電子メールを送信先のFAXから出力し、逆にFAXから送信した書類を電子メールの添付文書として送信先に送ることのできるサービスだ。いくつかの業者が存在するが、例えばNTTコミュニケーションズの「インターネットFAX (iFAX)」では、平日昼間で1枚25円、夜間土日休日で1枚19円で利用できる(税別)。基本料金はかからない。添付ファイルも、テキストファイルやJPEG画像、Word文書であればFAXに送信される(ただし、Word文書はページ設定で「文字数と行数を指定する」を選択しておく必要がある)。FAXに送信可能なのは、32ページまでという制限があるが、通常のメーリングリスト上のやりとりであれば特に問題はないだろう。iFAXを利用するには、管理組合で電話を持っている場合、その電話番号でNTTコミュニケーションズと契約を行うだけでよい。電子メールを送るときは、送信先のFAX番号を含む特定のアドレスを宛先に指定すればよい。ただし、宛先にこれ以外のものが含まれているとFAXへの送信が拒否されるので、注意が必要だ。これを防ぐには、宛先にはMLのアドレスだけを記述し、それ以外のアドレスを併記しないというルールをメンバー全員が守る必要がある。また、電子メールをFAX宛に送信する場合には、ユーザー認証のため、メール本文の1行目にユーザーID、2行目にパスワードを記述しないといけない。メーリングリストに投稿するとき、メール本文の先頭にいちいちユーザーIDとパスワードを記述するのは多少手間になるが、メール全体をプリントアウトして渡す手間を考えれば、はるかに楽だろう。逆にFAXから電子メールとして送信するには、ユーザー毎に割り当てられた特定のFAX番号に送信すればよい。このとき「着信課金機能」という有料オプションを利用するのがオススメだ。月額200円で、初期費用として基本工事費1,000円と交換機等工事費700円(すべて税別)がかかるが、発信元のすべての電話番号でiFAXの契約をする必要がなくなる。また、フリーダイヤルのように、iFAXの契約を行っている電話番号(管理組合の電話番号)に課金されるため、FAXの発信元では料金を負担する必要もない。このとき、電子メールの送信先は1箇所しか登録できないが、MLのアドレスを登録しておけば、役員全員に配信されるので問題はない。ただし、パソコンもFAXも持たない役員がいる場合もある。その場合は、さすがにお手上げだが、もし管理員室にFAXがあればそこに送信して、管理員に集合ポストに入れてもらうのもひとつの手かもしれない。IT(情報技術)の発達で、世の中は大変便利になった。そのメリットを管理組合活動の活性化にも利用しない手はない。しかしその一方で、情報格差によって貧富の差が生じる「デジタルデバイド」も大きな社会問題となりつつある。パソコンやインターネットを使えない人々の存在に配慮をしながらも、ITを有効活用していく工夫が、管理組合にも求められていると言えるだろう。</description>
      <pubDate>Mon, 14 Nov 2005 12:33:28 +0900</pubDate>
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      <title>個人情報保護に対する考え方</title>
      <link>http://www.m-naito.com/modules/weblog/details.php?blog_id=2973</link>
      <description>情報に価値がある時代価値がモノからカネ、そして情報へと移っている。モノやカネはそれ自体が持つ価値しかないが、情報は使い方によっていくらでも価値を生む。情報はいくら使っても減ることはないし、複数の情報を合わせることで、新たな価値を生み出すことができるからだ。日本の高度成長期はまさにモノ作りによって達成されたものだった。大量生産により、巨大な生産設備を持つ製造業が牽引役となった。米国という巨大消費マーケットを背景に、モノを大量に作れば作るだけ売れた時代だった。このような時代ではとにかく生産性が重視された。限られた生産設備で、単位時間に出来るだけ多くのモノを生産する能力の競争となった。当然のように生産設備は巨大化し、機械化が進み、工場労働者の単純作業によって大量生産することが儲かる仕組みだった。しかし、極限まで生産性を向上させた結果、モノ余りの時代が訪れた。単純にモノを大量生産するだけでは儲からない時代になった。それは単純なモノ作りよりも、アイデアが尊重される時代である。大量生産・大量消費のただ大量にモノを作れば儲かる時代は終わり、市場のニーズに合致したモノやサービスをタイムリーに提供する者が勝者になる時代になった。そのような時代では、モノやカネも大事だが、最も重要視されるのは情報である。もはや企業規模や資本の多寡だけでは勝負は決まらない。競争相手よりも、より多くの情報をより早くキャッチして、市場のニーズに合致した商品やサービスを迅速に提供することができた者だけが生き残れる時代になったのだ。それに伴って、情報に対するセキュリティの重要度が高くなった。情報の持つ価値が高くなると同時に、モノやカネといった財産を守ると同様に、個人情報やプライバシーといった情報も財産のひとつの形として守らなければいけない時代になった。かつて「水と安全はタダ」と考えていた日本人にとって、氏名や住所、電話番号といった個人情報も、電話帳や卒業名簿、自治会名簿などにより、タダで容易に入手できるものだった。しかし、もはや水や安全をカネで買うようになった時代である。個人情報が持つ価値についても、特別な意識を払わないといけなくなった。わが国でも近年プライバシー保護の意識が高まりつつあったが、今年4月に完全施行された個人情報保護法によって企業での対応が進むにつれて、そこに勤務する従業員を中心として、一般消費者の間にも個人情報やプライバシーの保護に対する意識がすっかり浸透した。マスコミによって毎日のように報道される個人情報漏洩事件や、迷惑セールス電話、大量に送りつけられるスパムメールの山、振り込め詐欺、クレジットカードやキャッシュカードの不正使用など、個人情報やプライバシーに関するトラブルも身近なものに感じられるようになった。インターネット上に流出した個人情報は、あっと言う間に全世界にばらまかれる。高校や大学の卒業名簿が高額で取引される。個人情報保護法の施行とは関係なく、プライバシーの保護に対する関心は高まっており、これは止めることのできない時代の流れである。個人情報の価値個人情報の価値が「1万円」という判例がある。この事件は1999年5月に、京都府宇治市の住民基本台帳データ約22 万人分が漏洩したもので、開発業務の再々委託先のアルバイト社員による不正コピーが行われ、30万円で名簿業者への販売が行われたものである。転売によるインターネット上での公開という被害に対して、住民3名から市への100万円損害賠償請求が行われた。そして、平成14年7月11日の最高裁判例により、氏名、住所、性別、生年月日の基本４情報を漏洩した場合、慰謝料は１人につき１万円(＋弁護士費用5千円)という判断が示された。実際に一般企業にとって、個人情報の漏洩事故が多額の損失を生じる要因となっている。昨年マスコミを賑わせたヤフーBBの451万件の個人情報漏洩事件では、事後処理のため40億円以上の損害が発生したと言われている。ジャパネットたかたの51万件の漏洩事件では、1ヶ月半の営業自粛により、150億円の損失が発生した。今年のカカクコムの22,511件の漏洩事件では、対策費用として4,100万円の特別損失が計上された。サイトの一時閉鎖による損失は2億5000万円と見込まれている。今年の国勢調査でも、調査票を盗まれるトラブルが続出したようだ。調査員が自宅に保管していた調査票を盗まれるケース、調査員がバッグを盗まれるケース、ニセ調査員に騙し取られるケースなど。職種や家族構成が書かれた調査票は、振り込め詐欺などのグループにとって好都合の名簿になるようだ。振り込め詐欺、迷惑セールス電話、個人情報を悪用したトラブルや犯罪は枚挙にいとまがない。個人情報がカネになる時代だ。自治会の居住者名簿、学校の連絡網、卒業生名簿などは当たり前のように配布されていたが、今はそういう時代ではなくなったようだ。個人名電話帳(ハローページ)の掲載率も年々低下しており、90年代では加入件数の70%以上が掲載されていたが、今や都市部の掲載率は30%台まで落ちたらしい。それらの名簿はたしかに便利なものには違いがないが、それらに個人情報を提供することによって得られるメリットとデメリットを個人個人が判断する時代になったと言える。管理組合が注意すべきこと一部の管理組合では、逆に管理規約によって居住者名簿の提出を義務付けるような動きもあるが、それは時代の流れを読み違えた大きな間違いだ。マンション内に良好なコミュニティーを確立するための動きとして評価できる面もあるが、逆に個人情報保護に対する意識の違いが居住者間のトラブルにつながってしまうのではないかと心配している。そもそも管理組合は、共用部分の管理のために区分所有者によって構成されるオーナー団体に過ぎず、その区分所有者が所有する専有部分に、自分の家族を住まわせようと、他人に賃貸しようと、愛人を囲おうとも、それは区分所有者の自由であり、そのプライバシーまで管理組合が立ち入るべきではない。たしかにコミュニティー形成は重要だが、個人のプライバシーを侵害してまで優先されるべきものではない。居住者名簿の提出はあくまでも自由意志によるものでなければいけないし、それを管理組合だけが保管するのか、居住者全員に名簿を配布するのか、事前に明確にした上で情報収集しないと、必ずトラブルの基になる。その半面、大地震などの災害時には、管理組合が緊急連絡先を知っておくことが大事である。阪神淡路大震災の教訓として、建物が損壊した場合、区分所有者の避難先に連絡を取ることは困難を極めた。留守宅でガス警報が発生したり、トラブルが発生したときに緊急に連絡する必要が生じることがある。しかし、これらの緊急連絡先は平時には知る必要のないプライベートな情報である。これに対するひとつの方法は緊急連絡先を記入した書類を封筒に入れ、部屋番号だけが見える状態にしておくことだ。管理会社で施錠保管して、役員も見ることはできないようにする。緊急時には管理会社が開封し、その緊急連絡先と連絡を取る形だ。多くのマンションでは入居時に居住者名簿の提出を義務付けている。マンション購入者や賃借人にとっては、それは数多くの提出書類の中のひとつと考えてあまり気にせずに提出していたものだが、今後は明確にその用途を知らせた上で提出を依頼する形にすべきだろう。用途を明確にせずに集めたものであるなら、名簿を作成して全居住者に配布するようなことは絶対に避けるべきだ。ただし、何年も前の入居時に提出してもらった居住者名簿に記載された勤務先などの情報はすでに古くて使えないケースが多い。毎年とは言わないまでも、定期的に緊急連絡先を再提出してもらう必要はあるだろう。マンション管理士が注意すべきこと管理組合への助言・援助を業とするマンション管理士は、まさに自分が持っている情報を売る商売だとも言える。それだけに個人情報の取扱いとプライバシーの尊重には最大限の配慮をしなければならない。他人が持つ情報の価値の分からない者には、自分の持つ情報を売ることもできない。個人情報の価値に無頓着なマンション管理士は、それだけで情報を売る商売には不向きと言っても過言ではない。意外と見落とされがちな以下の点について、一度チェックされることをお勧めする。(1) 公私の活動を通じて知りえた個人情報を、それを知る必要のない第三者に不用意に開示していないか？(2) 他人から受け取ったメールを、発信人やCC欄のメールアドレスが残ったままで、そのまま第三者に転送していないか？(3) パソコンに起動パスワードやHDDパスワードを設定せずに、個人情報を保存していないか？(4) 顧客情報の含まれる書類を、シュレッダで粉砕せずにそのまま廃棄していないか？(5) 個人情報を保存したパソコンを廃棄するときに、データ消去の専用ソフトウェアを用いたり、HDDを物理的に破壊して情報が読み取れない状態にしないままで廃棄していないか？</description>
      <pubDate>Thu, 03 Nov 2005 11:48:37 +0900</pubDate>
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    </item>
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      <title>寺地信義さんを思う</title>
      <link>http://www.m-naito.com/modules/weblog/details.php?blog_id=2972</link>
      <description>偉大な人だった。職業人としても、社会人としても、父親としても・・・。私なんか、とても足元にも及ばないし、あまりに偉大過ぎて、目標とすることも出来なかったくらいだ。最初にお会いしたのは、2003年5月16日。彼がセミナー講師として上京した折の懇親会に、友人の紹介でご一緒させていただいた。私にとっては「雲の上の人」との初対面に、たいへん緊張したのを覚えている。その後、彼が主催する「元氣の素」メーリングリストに加えていただき、毎週メールで彼の活躍ぶりを送っていただいた。このメーリングリストで、彼は職業人として、社会人として、父親としてどうあるべきか、どう生きるべきかの強烈なメッセージをわれわれ読者に送り続けた。パワーに溢れたそのメールは、こちらが落ち込んでいるときには開くのがためらわれるほどだった。最近そのメールからすっかりパワーが無くなって、検査のために入院したとあり、早く良くなってほしいと祈っていた矢先の訃報だった。昨年4月に横浜で行われたマンション学会で、彼の方からニコニコと「元気でやってる？」と声をかけてくださったのが最後となった。私より5歳年上の52歳。人生を終えるには、あまりにも早過ぎる。3年前に独立開業して事務所を立上げ、これからと言う時に、さぞ無念だったことと思う。残されたご家族の心中をお察しすると、何と声をかけたらよいのか言葉もない。しかし、何事に対しても常に全力で向き合っていた彼にとっては、決して悔いのない人生だったとも思う。彼が送り続けたメッセージは、いつまでもわれわれの心の中で輝きを失うことはないだろう。久しぶりに彼のホームページを訪れた。その「プロフィール」で、彼が「バイブル」としている蔵書の中に、柴田昌治氏の「なぜ会社は変われないのか」三部作があった。この本は私もたまたま書店で見つけて気に入り、ちょうど読んでいたところで、2005/10/19付の今日の話題「管理組合を意識改革するにはこうしろ！」は、実はこの三部作の組織改革論に影響を受けて一気に書き上げたものだ。ひょっとすると私がそこで書いたことは、彼がこの本を読んで感じたことの一部かもしれない。彼の足元に少しだけ近づけたような気がした。最後まで生きるパワーを送り続けてくれた彼に、合掌。</description>
      <pubDate>Thu, 27 Oct 2005 13:35:35 +0900</pubDate>
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      <title>管理組合を意識改革するにはこうしろ！</title>
      <link>http://www.m-naito.com/modules/weblog/details.php?blog_id=2971</link>
      <description>管理組合の意識改革が進まない理由管理会社社長による修繕積立金の使い込み事件が報道されている。川崎市の元管理会社長が、自分の会社の運転資金に使うため、東京、千葉、埼玉など関東地方の20以上の管理組合から総額2億円以上の修繕積立金を引き出して横領したらしい。財産の分別管理を定めたマンション管理適正化法の施行後、4年も経過しているのに、いまだに上のような事件が発生するのは、管理組合の意識が高まっていない現実をよく表している。いかに適正化法で制度は作っても、マンション居住者の頭の切り替えができなければ、管理組合の体質は変わらないということだ。マンションのスラム化や、管理会社の倒産、管理組合理事長による横領など、マンション管理に関する事件の報道は目にしても、自分のマンションでは大丈夫という思い込みがある。それは、学校などで問題を起して呼び出された親が「うちの子に限って、そんなことはない」と異口同音に唱えるのと似ている。人間は自分にとって都合の良い情報は受け入れるが、都合の悪い情報には耳を閉ざすという習性がある。せっかく高いおカネを払って手に入れたマンションである。その未来が暗いなどとは考えたくもない。そもそも毎日深夜まで残業で今日の仕事をこなすのに精一杯のサラリーマンや、家事や子育てに追われる主婦に10年後のマンションの未来を思いやる精神的な余裕はないのが普通だろう。仮に上のようなマスコミ報道を見て、ひとりの役員や区分所有者が自分の住むマンションの管理組合運営に問題意識を持ったとしても、なかなか実際の行動を起こすまでは至らない。自分ひとりではとても改革は無理だと思うし、今の管理組合の体制の中では、「正直者がバカを見る」からである。何か言えば、「言いだしっぺ」として自分ひとりが課題に取り組まなければいけなくなるし、正論を吐いても誰からも理解が得られなければ、マンションの中で孤立する。疑問は感じていても、あえて指摘はせずに見て見ないフリをする。マンション全体で考えれば明らかにメリットのあることなのに、自分が受けるデメリットが優先してしまって、何も言えなくなるのだ。このとき、「仕事が忙しいから」というのが自分に対しての最大の言い訳になる。たしかに不況によるリストラで人員は削られる一方で、仕事はいくらやっても追いつかない。毎日夜遅くまで残業で、土日の出勤することも当たり前になっている。そのような中で管理組合活動に時間を割けというのが土台無理な相談である。しかし、そもそも時間というのは自分で意識的に作るものだ。「時間がない」と訴える人間のほとんどは時間管理のへたな人間だが、仮にそうだとしても、本人に本当にやる気があるのなら、どんなに忙しい中でも時間は作り出せるものだ。日頃「時間がない」とか「仕事が忙しい」とか嘆いているのに、飲み会やゴルフの誘いには喜んで応じるようなケースがそれだ。今までマンション管理が議論されるとき、標準管理規約の改正や、マンション管理士の活用、管理会社による重要事項説明、行政による情報提供など、制度面での改革に限られていた。最近話題となっている国土交通省による「マンションみらいネット」の構築や、横浜市による「マンション管理組合サポートセンター」の交流会も、従来の延長線上で制度面での整備を進めているに過ぎない。それらを利用するのは、現に意識の高いマンション管理組合だけであって、意識の低い管理組合は相変わらず取り残されたままである。では、マンション管理組合の体質をどのように改善をしていけばいいのか？制度面だけの整備には限界があり、これからは運用面でのノウハウの整備を進めていく必要があるということである。ここでいくつかのヒントを挙げたい。問題の顕在化管理組合の意識改革を行うには、まず問題を顕在化させる必要がある。自分たちが抱える問題にまず気が付いてもらわないことには、そこから先に話が進まない。例えば、修繕積立金が十分に確保されていないケースが多いが、問題が見えていないだけに危機感を持てない。近隣マンションの中古物件のチラシがよく入るが、築10年近いのに修繕積立金を入居当初の6,000円から一度も値上げしていないマンションが大半である。近いうちに必要となる大規模修繕工事のために十分な資金が確保されているのか、お節介ながらいつも心配している。恐らくまともな長期修繕計画が作成されていないか、あったとしても管理規約と一緒にどこか目の触れないところにしまい込まれているのだろう。マンション管理センターの「修繕積立金算出システム」では、モデルケースとして竣工後4年を経過した、9階建45戸のマンションの計算例が紹介されているが、行政として同様のサービスを無償で提供すべきだ。利用者が自らホームページ上でデータ入力できるようなシステムを構築すれば、運用コストは十分に税金でまかなえるだろう。モデルケースも小規模マンションから大規模マンションや超高層マンションに至るまで様々なケースを公開しておけば、利用者にとって一応の目安になる。さらに、同じ計算方法による結果をマンション販売時の重要事項説明に加えるように義務付ける。こうすれば、十分な修繕積立金のある中古マンションとそうでない中古マンションの差別化にもなる。機械式駐車場の維持費が一切含まれていないような杜撰な長期修繕計画もあったりするが、重要事項説明義務違反になるのであれば、販売業者ももっと真面目に作るようになるはずだ。リーダーの育成区分所有者に問題意識を持ってもらえたら、その中からリーダーを最低1人育てる必要がある。このリーダーには、与えられた課題を解く能力ではなく、むしろ課題を見つけ出す能力が要求される。建物や設備の維持管理に加えて、ペイオフ対策、積立金運用、保険、滞納対策、IT化、バリアフリー、コミュニティー形成など、管理組合運営に高度な知識とスキルが要求される時代である。ゴミ出しのマナーやペット問題、上下階の騒音トラブルといった居住者間のトラブル対応にまで気を使う必要がある。管理組合役員として1年間経験すれば一通りの管理組合運営を学習することはできるが、それだけでは足りない。毎年同じことをやっていればいいというわけではない。10年先、30年先、建替えを含めた長期的視野に立って、管理組合をリードしていける人材が必要となる。マンション管理士の資格を有する者は、マンション管理に関する最低限の知識は持っていると考えてよいが、単に資格を持っているだけではリーダーになるには不十分だ。それ以外の資質やスキルが必要になるからだ。リーダーには常にアンテナを立てながら、情報をキャッチする能力が要求される。しかし、せっかく問題意識を持っても、なかなか行動には移せない。仕事が忙しいし、言いだしっぺで何かを始めると損をするのが目に見えているからだ。したがって、リーダーを後押しをしてあげる世話人のような存在が必要だ。世話人はリーダーと個別に密度の濃い話し合いをして、一緒に打開策を考えるたり、有益な情報を提供したりする。マンション管理士が世話人となっている横浜市マンション管理組合サポートセンターの交流会は、その理想に近いものだ。この交流会にわざわざ参加する者は、それなりに意識の高い役員や区分所有者であり、リーダー候補となる。そして、交流会ではリーダー同士が深い議論ができる場を提供することが大切だ。時間の限られた交流会でそこまでの信頼関係を築けるか、深い議論ができるかどうかがポイントになる。世話人の腕の見せ所だろう。会合の後に飲み会や食事会を実施してインフォーマルな交流を深めるのも手だし、一泊二日くらいで語り合う場を設けるのもひとつのアイデアだ。このリーダーには、それなりの資質も必要になる。命じられたから動くのではなく、自分がやりたいからやるという強いボランティア意識が必要だ。現状に対して強い問題意識と改革への思いを持っていることと、人に対する深い関心を持っていることも条件となる。このようなリーダーの中から、優れた実績を挙げた人々を行政として表彰する制度があっても面白いだろう。責任者の明確化このリーダーが管理組合の中で、他の役員や区分所有者の意識を高める重要な役割を果たすことになる。リーダー1人が頑張っても、後が続かない。役員全員に問題を認識してもらった後は、誰がその問題を解決するのか責任者を明確にする必要がある。理事長だけが決定権を持っていては、他の役員は何もしなくなる。逆に理事会全員で決めるということは、逆に言えば誰も責任を取らないということになる。何かをやることにしても、予定通りに進まない。問題が起きても誰もフォローしないという結果になる。責任者をはっきりさせて、その責任者の判断で決める。他人が決めたことをやるのは「やらされ感」が強くて疲れるが、自分が決めたことをやるときは、しっかりやるものだ。現在の標準管理規約には理事長、副理事長、会計担当理事の役職しか規定されていないが、これに加えて、修繕担当理事、広報担当理事、総務担当理事くらいの役職は規定しておくべきだろう。役員の数が多ければ役職を増やしてもいいし、数が少なければ、理事長や副理事長が担当理事を兼任することがあってもいい。役員報酬が無償の場合、どうしても「甘え」がでる。有償にすることで、それなりの責任感を感じてもらうことも必要だ。報酬額については、行政が積極的にその目安を公表すべきだろう。自主管理の場合や全部委託の場合について、モデルを示すのが良い。そして、その期に出た問題やトラブルはその期の役員が解決するルールを理事会運営細則に明記する。次年度役員への申し送りは不可。複数年に亘る課題の場合は、委員会を設置して解決する仕組みが構築できるまで現役員は全員退任できない。そのような仕組みを作っても面白いだろう。理事会を気軽に話し合える場にするこのリーダーが気を配るべきことは、理事会で役員全員が気軽に話し合えるようにすることである。理事会を形式的なものではなく、役員同士が深い議論をできるような場にする必要がある。いくら問題を顕在化させても、責任者を明確にしても、互いの信頼関係がなければ、なかなか行動には移せない。自分の担当分野以外は無関心というのではダメで、全員が協力する体制を作る。それにはコミュニケーションの取り方が重要となる。他の人と直接向き合った話し合いの中で、徐々にみんなの意識を変えていくのだ。しかし、初対面の役員同士では、なかなかホンネで話し合う場にはなりにくい。自己紹介に時間をかけて、言いたいことをすべて言ってもらった後に、ようやく腹を割って話し合うことができる状態になる。そこまで行かないと互いの信頼関係も生まれず、協力関係も成り立たない。管理会社のフロントが理事会の議事進行を仕切るのはダメ。理事長だけがしゃべるのもダメ。「話し合い」の場ではなく、「聞き合い」の場と考えて、出席者全員の言いたいことをすべて聞く姿勢が大事だ。このような場を作るのはなかなか難しいものだが、もともとそういう場を作るのに長けた人材もいる。そのようなスキルを持たないリーダーは、リーダー同士の交流会での経験を通して、実践的にそのスキルを身に付けてもらうしかないだろう。このような理事会では、データ化されていない情報が大事になる。実際に顔を突き合わせて話をしないと得られない情報もたくさんある。本気で耳を傾け、相手の思いを受け止める能力が要求される。間違っても、電子メールなどのITツールにばかり頼るあまりに、フェース・トゥ・フェースのやりとりが希薄になることは避けなければならない。管理会社を味方にするリーダーは管理会社とも良好な信頼関係を構築し、味方につける必要がある。世間の管理組合役員やマンション管理士の一部に「管理会社悪人説」のような考え方も見受けられるが、管理組合と管理会社は利害関係が相対するという考え方は、資本家と労働者の対立を唱えたマルクス主義のような前時代的な考え方である。管理会社に問題があるケースは、そもそもサービスの受け手である管理組合側が無知無関心であることに原因がある。管理会社はそれなりにノウハウを持っているし、フロント担当がマンション管理士の資格を保有しているケースも多い。それを活用しない手はない。サービスの受け手、すなわち市場がより高いサービスを提供する管理会社を選択する市場原理が進めば、粗悪な管理会社は淘汰されるか、品質を高める努力をせざるを得なくなる。それが管理組合と管理会社の本来あるべき関係である。しかし、残念ながら管理組合の立場に立ち、長期的視野に立って管理組合をリードしていくまでのサービスを行っている管理会社はほとんどない。そもそも一人で十数件の物件を抱えているフロント担当者に、そこまでのキメの細かいサービスを要求することは無理な話である。長期的視野を持って管理組合の将来を考えるのはリーダーの役割であり、リーダーが管理会社からより良いサービスを引き出していく必要がある。マンション管理士は良きメンターであれマンション管理士などの専門家の活用も有効だ。マンション管理士は、ある意味で管理組合が管理会社をうまく活用するために生まれたような存在であるが、現実にはそのマンション管理士の活躍の場は狭く、残念ながらあまり有効活用されていないのが実態である。しかし、管理組合のリーダーにとって、マンション管理士は良きアドバイザーであり良きメンターと成り得る。管理組合の意識改革を推進するリーダーが増えることが、マンション管理士の活躍の場を広げることになる。もちろんマンション管理士が管理者として就任して、実務面でリーダーを支える役割を負うことも大いに有り得るだろう。いずれにしても、マンション管理組合の意識改革は、単に管理規約や理事会といった制度を整えただけでは進まない。改革を進めるためには、人と人との信頼関係による密なコミュニケーションが必要であり、それを推進する世話役的なリーダーの存在が必要不可欠である。管理組合の中からそのような人材を発掘・育成し、バックアップする体制の構築を行政に強く望みたい。</description>
      <pubDate>Wed, 19 Oct 2005 19:33:34 +0900</pubDate>
      <guid>http://www.m-naito.com/modules/weblog/details.php?blog_id=2971</guid>
    </item>
        <item>
      <title>マンションを急いで買ってはいけないこれだけの理由</title>
      <link>http://www.m-naito.com/modules/weblog/details.php?blog_id=2970</link>
      <description>「マンション管理士」という肩書きを持っていると、マンション購入を考えてる方からも相談を受けることがある。先日もご子息のためにマンション購入を検討している知り合いから相談を受けたが、話をよく聞いてみるとマンションを早く買わせたくて物件探しをしているのは親御さんだけで、当のご子息は住宅取得をまだ真剣には考えていないご様子。結局、無理な長期ローンを組んでまで買わないほうが良いとアドバイスした。この知人は典型的な団塊の世代。いわゆる「住宅すごろく」で、バブル崩壊前に賃貸アパート→分譲マンション→一戸建ての「上がり」に到達し、住宅ローンも完済している幸福な世代である。自らの成功体験もあり、持ち家志向が極めて強い。この世代に共通するのは、「賃貸で家賃を払っているのは、ドブにお金を捨てているようでもったいない。」という考えが強いことであるたしかに、バブル崩壊前は先に不動産を購入した者ほど儲かった時代だったので、無理に借金をしても早く住宅を購入したほうが良かった。しかし、もはや時代は変わってしまった。バブル崩壊後は先に不動産を購入した者ほど損をする時代となった。土地価格の下落はどこまで続くのか底が見えない。都心の一部で地価が下げ止まったり、逆に値上がりしている場所もあるが、それは超高層マンションの建設用地の取得などによるもので、あくまでも例外的なものに過ぎない。今後は少子化の影響で、2006年から日本の総人口は減少に転じる。それから9年遅れて、日本の総世帯数も2015年から減少に転じる。日本の住宅価格は、世界的に見ると飛びぬけて高い。一般に住居用マンションの価格は、賃貸用マンションの価格と比べて倍くらいの高値だ。それは賃貸用マンションの価格が収益計算法で決まるのに対して、居住用マンションの場合は、周辺の取引相場から価格が決まるからである。すなわち、賃貸用マンションの価格はその部屋を賃貸したときに得られる家賃収入が概ね年利10%程度になる価格(=年間家賃収入の10倍程度の価格)であり、居住用の場合はその2倍程度になる。しかし、居住用マンションがこのような高値で取引されるのはあくまでも売りに出した住戸に買い手が存在することが前提であり、買い手が存在しなければ最終的には収益計算法による価格にまで下落する。今から10年後には世帯数が減少を始めるということは住宅ストックが余り始めるということであり、マンションを売りたくても買い手がいなくなるということを意味している。すなわち、居住用マンションも賃貸用マンションの価格まで確実に下落する。これだけでもマンションの価格はまだまだ下落を続けることが明らかで、少なくとも今から20年後には今の半額程度までは確実に下がるだろう。高過ぎた日本の住宅価格も、やっとグローバルスタンダード(世界標準)の水準まで下がるわけだ。しかも、2006年3月期から摘要される減損会計の影響で、バブル期に購入した土地の含み損を抱えた企業から、大量の土地が売りに出される。すでに大企業ではバブル期に購入した土地の整理が進んでおり、それらの跡地に超高層マンションの建設ラッシュが続いていることは周知の通りである。今後は土地の整理があまり進んでいない中小企業から大量の土地が売りに出されることになり、ますます土地価格の下落は進むことになる。今では信じられないくらいに土地が入手可能になるため、この頃のマンションの標準的な広さは4LDKで100〜120平米程度になるだろう。「ウサギ小屋」と揶揄されていた日本の住宅も、その広さに関して、ようやくグローバルスタンダード(世界標準)になる訳だ。それがサラリーマンの年収の2.5倍程度で手に入るようになる。住宅事情に関してだけは、未来はとても明るいと言える。そうなると今の標準的な広さである3DKで70平米程度のマンションは、せいぜい年収の1.5倍程度の価値しかなくなる。長期修繕計画を立てて、しっかりとした維持管理を行っても、所詮その程度の資産価値しか残らないわけだ。せっかく「マンションみらいネット」の評価制度で５つ星の評価を受けたとしても、これではあまり報われないではないか。そんなヒマがあったら、マンション価格の暴落が始まる前に売り抜けて、煩わしい管理組合付き合いのない安くて広くて良質な賃貸住宅に移り住むのが正解と思う人がいても不思議ではない。ローンの支払がマンション価格の下落に追いつかないので、マンションを買った瞬間に含み損を抱えた状態になる。したがって、ローンを払い終わるまで転売は不可能。しかも、ローンをやっと完済したときには、転売しようと思っても買い手がいない。したがって、マンションを買うなら、一生をそこで過ごす覚悟が必要だ。どうしも買うのであれば、以下の質問に冷静に答えてほしい。(1) 資産価値の下落でカネをドブに捨てる結果になっても、そのマンションを買いたいのか？(2) もし今の会社をクビになったとしても、ローンを支払っていけるだけの十分な収入が見込めるのか？(3) 死ぬまでそのマンションに住むつもりがあるのか？ひとつでも「ノー」があるのなら、悪い事は言わない。安易にマンションは買わないことだ。最後に、すでにマンションを買ってしまった人たちへ。人間には「安全バイアス」という習性があって、目の前に危険が迫っていても、一緒にいる他人が動かずにいると、自分も逃げるタイミングを逸して結局逃げ遅れてしまうのだそうだ。以前テレビ番組で実験をしていたので見た方もいらっしゃると思うが、大勢の人間が待機している会議室に火災報知器のベルが鳴り響き、ドアの隙間から煙が部屋の中に充満してきても、周囲の実験協力者が誰一人逃げ出さないでいると、被験者も逃げ出すことはしない。まだ川の流れは緩やかで、多くのマンション住民は危険が迫っているのに気が付いていないが、その先には中古マンション価格の暴落という巨大な滝がある。もし死ぬまでそのマンションに住み続けるつもりがないのであれば、滝つぼにまっさかさまに落とされる前に、損切り覚悟で早目に売り抜ける脱出策を一所懸命考えるべきだろう。さもなければ、自分と運命を共にするマンションにもっと愛着を持って接してほしい。マンション管理を他人任せにはしておけなくなるはずだ。</description>
      <pubDate>Thu, 13 Oct 2005 10:37:01 +0900</pubDate>
      <guid>http://www.m-naito.com/modules/weblog/details.php?blog_id=2970</guid>
    </item>
        <item>
      <title>新築分譲マンションの修繕積立金額を適正化せよ</title>
      <link>http://www.m-naito.com/modules/weblog/details.php?blog_id=2969</link>
      <description>新築分譲マンションの修繕積立金は、どこもかしこも面白いように横並びで平均6,000円だ。なぜならこれは、住宅金融公庫のリ･ユースプラスマンション融資の基準に単純に従ったものだからだ。この基準は下の通りで、新築マンションなら1戸当たりの平均月額は6,000円以上であれば良く、その最低レベルをぎりぎりクリアしているに過ぎない。


  
    
      リ･ユースプラスマンション融資基準
修繕積立金（1戸当たりの平均月額）
    
    
      経過年数＜５年
      6,000円以上
    
    
      ５年≦経過年数＜10年
      7,000円以上
    
    
      10年≦経過年数＜17年
      9,000円以上
    
    
      17年≦経過年数
      10,000円以上
    
  


これには2つの問題がある。ひとつは、積立金額が定額ではなく、経過年数と共に値上げされていくということだ。日本経済がデフレスパイラルに陥り、多くのサラリーマンにとって昇給の見込めなくなったこの時代に、最初は安く、だんだん高くしていく積立金額の設定は時代錯誤も甚だしい。

住宅金融公庫がリ･ユースプラスマンション融資(当時の名称は「優良中古マンション融資制度」)をスタートしたのは、1994年。すでにバブルが崩壊し、日本企業の年功序列・終身雇用制度が見直されはじめていた時代である。しかし、住宅金融公庫にはそのような考えは毛頭なかったらしい。かの悪名高い「ゆとりローン」が、その最たるものだ。

1993年に誕生した「ゆとりローン」は、当初の5年間の返済金額は償還期間を50年に設定しているため微々たるものだが、6年目からは返済額がぐっと上昇するというもの。デフレの時代に、インフレを前提として導入された欠陥制度である。政府の景気対策の一環として、本来は持ち家に手の届かない低所得者層に住宅を無理にでも購入させようという企みだったが、実際にこの甘いワナに引っかかってしまったマンション購入者も多く、その後多くの自己破産者を生み出した悲劇は周知の通りである。

私の場合、1997年に今のマンションを購入した当時、今後の会社人生で自分には昇給は一切ないという強い自信があったので(苦笑)、この「ゆとりローン」に騙されることはなかったが、それでも「賃貸の家賃よりローン返済額のほうが安い」という甘いワナに引っかかって、住宅金融公庫で35年もの長期ローンを組んでしまった。私がローンの返済を完了するのは、実に75歳のときである。中古マンション価格は新築当時の半額近くまで下がってしまったので、今マンションを手放してもローンを完済できない。なんとも人生最大の失敗と言える。まあ、そのおかげでマンション管理士としてこのようなホームページを立ち上げることが出来たので、それはそれで良かったとも言えるが(何事もプラス思考が肝心だ)。

さて話をもどすと、マンションの区分所有者の多くはサラリーマンであり、今後昇給の見込みはないか、むしろリストラによる失業や給与カットのリスクにさらされている人々である。そのような状況では、修繕積立金を経過年数と共に値上げしていくという仕組みは、将来の破綻が目に見えている。もし小さい子供でもいようものなら、教育費は年々増えていくばかりで、マンションの積立金の増額などに回せる余裕などあるわけがない。自分は大丈夫という人もいると思うが、マンションの中では全員が同じルールに従わないといけないのだ。自分は大丈夫でも、「他の区分所有者全員が数年毎の値上げに堪えられると思うか？」という質問には、ネガティブな回答をする人がほとんどだろう。多数決決議で強引に積立金の値上げを決定しても、その負担に耐えられない滞納者を増やすだけのことである。

要は「リ･ユースプラスマンション融資制度」の条件を、経過年数によらず一定額にすべきと言うことだ。ちなみに上の積立金額の条件を築後30年間の定額で計算しなおすと、8,633円となる。すなわち、「新築時から9,000円以上」という条件だ。この金額で必ずしも十分とは言えないが、少なくとも今よりはましである。

もうひとつの問題は、マンションの規模、仕様、共用設備等によって、計画修繕のために必要となる修繕積立金の額は違ってくるということである。適正な積立額を求めるには、長期修繕計画の作成が必要となるが、例えばマンション管理センターの「修繕積立金算出システム」を利用した簡易的な長期修繕計画でも十分だろう。マンション管理センターに依頼すると、下記の費用が発生するが、いまどき、これくらいのシステムならWebのアプリケーションで簡単に構築できる。管理組合自身がホームページ上で所定のデータを入力して、必要となる積立額を自分で計算することができるようにすればいい。


  
    
      修繕積立金算出システム利用料金
    
    
      登録管理組合
      ２棟まで１棟毎に 各13,000円 （３棟目以上１棟毎に 各8,000円）
    
    
      非登録管理組合
      同上 各20,000円 (同上　各12,000円）
    
    
      管理組合以外
      同上 各30,000円 （同上　各18,000円）
    
  


ちなみに、この「修繕積立金算出システム」では、モデルケースとして竣工後4年を経過した、9階建45戸のマンションの計算例が紹介されている。このケースでは1戸当たりの積立金は30年間の定額で9,880円である。すなわち、「築年数によらず10,000円」がリ･ユースプラスマンション融資の条件となる。こちらの金額のほうが、現実の感覚に近いだろう。

不況による消費マインドの冷え込みと、少子高齢化・人口減少・世帯数減少による住宅需要の構造的な低迷で、ただでさえ分譲マンションの買い手がいなくなっている時代である。デベロッパーとしては、なるべく管理費・積立金を低く見せたいのだろうが、それは購入者をだますことであり、許すことはできない。そもそも管理費と積立金の見分けのつかない購入者にも問題はあるが、マンション管理組合の運営方法など学校でも教えてくれないし、無知な消費者は法律によって保護されてしかるべきだ。新築入居時に適正な積立金の設定をしていないデベロッパーが、不当表示防止法に違反することはないのか、JAROは審査を開始すべきだろう。</description>
      <pubDate>Wed, 05 Oct 2005 13:04:27 +0900</pubDate>
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      <title>21世紀に求められる新しいマンション管理の形</title>
      <link>http://www.m-naito.com/modules/weblog/details.php?blog_id=2968</link>
      <description>区分所有法が生まれた社会環境区分所有法が制定されたのは1962年。その基本は区分所有者全員が団体を構成し、共用部分の管理を行うという「所有者自治」の精神による。しかし、多数の区分所有者全員が共同で管理を行うことは困難であり、中には管理に無関心な区分所有者もいることから、団体の中で1人の管理者を定めて、その管理者に管理を行わせることを可能にした。いわゆる「管理者型」の管理形態である。その一方で、区分所有法は管理組合法人を設立することも可能にした。管理組合法人では区分所有者が理事と監事を選出し、理事が管理を行い、監事が区分所有者を代表して財産状況を監査し、その業務執行を監視するという方法を取っている。いわゆる「理事会型」の管理形態である。そして1982年に制定された標準管理規約は、この「理事会型」の考え方を採用している。その後は分譲マンション販売会社の多くがこの標準管理規約を原始規約として採用したため、世の中の多くのマンションがこの「理事会型」の規約を持つことになった。これらの区分所有法や標準管理規約が制定されたのは、まさに日本の高度成長期に当たる。アルビン・トフラーの名著「第三の波」の言葉を借りれば、日本経済が「第一の波」の農業社会から「第二の波」の産業社会への脱皮を図る中で、それまでの農業社会の担い手だった地方の労働者が、都市の工場や事務所で働くようになり、集団就職に象徴されるような地方から都市への人口移動が劇的に進んでいた時代である。この都市に流入した労働者の旺盛な住宅需要と、持ち家を奨励する政府の住宅政策によって現れた、新たな住居形態が分譲マンションである。農業社会では家が経済活動の中心であり、家の近くの田畑に農作業に出かけて、農作物を作るのが仕事だった。農作物の多くは自分の家で消費するものであり、残りの農作物を売ることによって得られる収入で生活を営んでいた。ここでは家が生活や経済活動の中心であり、家父長制の下で年長の男性が絶対的な権限を有していた。他の者はその絶対的リーダーに従うことで生活基盤が保証されていた。また、田植えや刈入れ時には多くの人手を要するため、地域の中で事業共同体が自然に生まれた。家と同等に生活や経済活動の中心が地域共同体にあった。この地域共同体の運営もやはり年長の男性による絶対的リーダーの責任と権限によって行われていた。他の家はその絶対的リーダーに従うことで生活基盤が保証されており、それに反する者は共同体から排除され、「村八分」という状態に置かれた。ただし、「村八分」の場合でも、残りの「二分」、すなわち結婚式と葬式の場合には共同体全員が協力を行った。現代的に言えば弱者救済のセーフティネット的な考え方が、当時からあったことは注目に値する。しかしこれは実は、意見の合わない人間を完全に排除したり、追い込みすぎたりすると、報復を受けたり、治安が悪化したり、逆に共同体にとっても有害なことであることの認識があったからだ。民主主義の御旗の下に、自分と意見の合わない相手を徹底的に叩きのめす、どこぞの戦争好きな超大国の指導者に聞かせてやりたいような話だ。管理者型モデルの限界区分所有法が規定する「管理者型」の管理モデルは、ある意味で上の農業社会での家父長制的リーダーを想定したものである。管理は管理者の責任と権限で行われる。江戸時代の長屋の大家さんや、賃貸共同住宅の大家さんを想定すれば良いだろう。あるいは村の長老と考えてもよいかもしれない。違いは、長屋や賃貸住宅の場合は所有者がそのまま管理者となり、村の場合は最年長の男性が管理者となるが、多数の所有者がいる分譲マンションでは一人のリーダーを規約または集会という民主主義的な方法で選出することになる。これは管理者の代わりに理事・監事を選任する「理事会型」でも考え方の上では差異はない。集会による直接選挙でリーダー(管理者)を定めるか、複数の理事を選出し、その理事の互選によりリーダー(管理者)を定めるか程度の違いしかない。いずれの場合も、必ず総会や理事会で決めなければいけないいくつかの事項を除けば、マンション管理は一人のリーダーの責任と権限で行われることになる。不幸だったことは、皮肉にも産業社会の発展により、もはやそのような家父長的なリーダーシップが無意味なものになってしまったということである。多くのマンション住人はサラリーマンや自営業であり、生活基盤を会社など、自分の家(マンション)以外に置いている。そこでは地域による共同体という意識は極めて希薄である。マンションの管理者は自分の生活に影響を及ぼす絶対的なパワーは持っていないし、仮に意見が合わなくてマンション内で「村八分」になっても、何ら生活に困ることはない。今や結婚式や葬式に近所の人手を期待することもないので、「村十分」の状態でも生きていける。むしろ煩わしい隣近所の付き合いから開放されることを歓迎する人のほうが多いくらいだ。理事会型モデルの限界そのような大きな時代の流れの中で、区分所有法や標準管理規約が掲げる「管理者型」または「理事会型」のマンション管理の理想は、もはや時代遅れのものとなり、現実のマンション管理の実態とは乖離するものとなった。多くのマンションは分譲会社の作成した「理事会型」の原始規約に従い、毎年の総会で理事や監事を選出するが、実際には輪番制や抽選による選出で、まったく形骸化したものであり、意味をなしていない。選ばれた理事や監事にも、責任感は薄く、自分の任期が「大過なく」終わることを願っている。多くのトラブルには目をつぶるか、理事会で話題に取り上げるものの、具体的な解決策も見出せないまま、次期の理事会の申し送り事項になるのがオチである。あるいは逆に、自分が理事長に選任されたことで、農業社会の家父長的な権限を与えられたという時代錯誤の理解をしてしまう人も出てくる。理事長の専横に悩むマンションがこのパターンである。自分に絶対的権力があると誤解して、他の意見を聞かずに、自分でなんでも決めてしまう。農業社会では家父長的なリーダーに盲従することが自分の生活基盤を保証する唯一の手段であったが、今の時代は違う。理事長の意見に真っ向から反対する人や、あからさまな不満をぶつける人が出てくる。マンション内に理事長派と反理事長派の対立が生まれたり、本来安らぎの場であるべき、自分の家(マンション)での生活の中にストレスを感じる住人もでてくる。これは必ずしも、農業社会に生きてきた人がそのルールを持ち込むケースだけではない。終身雇用・年功序列を前提とした日本の会社や役所は、個人の能力よりは、年長者を重んじる典型的な家父長的な運営の上に成り立ってきた。そのために、会社や役所の中でそれなりの地位にあった人物が理事長となると、自分の成功体験を基にマンション管理に家父長的なリーダーシップを持ち込もうとするケースが多数見受けられる。多数決原理の限界一方で、産業社会の中に長く生きてきた人や、現役で産業社会の中に生きている人が理事長になって、産業社会のルールを無理やりマンションの中に持ち込もうとして失敗するケースも数多くある。農業社会では長老の意見が絶対だったが、産業社会では規則と多数決原理が絶対である。管理規約を絶対的なものと考え、何かトラブルがあったときには、規約を厳しくすることで解決できると信じている。規約に従わない、あるいは従えない住人の気持ちを理解することはない。多数決原理を信奉し、合意形成が不十分なままでも強引に事を進める。ここでも少数派の意見に耳を傾ける気持ちはない。これらの多数決原理に基づく強引な行動がどのような結果に結びつくかは、阪神淡路大震災後に建替え決議をしたものの、反対派の住人から裁判を起こされ、10年以上建替え工事に着工できなかったマンションの存在を思い起こせば容易に分かる。産業社会では「一流大学を卒業して一流会社に就職して出世する」というのが、人生の成功モデルの典型的パターンであり、多くの人がそれを信じて勉強や仕事に励んでいた。このような社会では、ひらすら規則や多数決決議に盲従することで生活基盤の安定が得られた。それに反する者は会社や役所を解雇され、生活基盤を失ったからである。そしてその成功モデルの体現者が理事長に就任したマンションも不幸である。特に役所出身者の場合に、そのような考え方に染まってしまっている人が多い。しかし、マンションの中では、規則や多数決決議は自分の生活基盤を脅かすほどの絶対的権力を持っていない。規則に従わない人が現れたり、総会で意見がまとまらずに過半数の賛成を得られないケースも出てくる。それだけ価値観が多様化しているということも言えるが、そもそも産業社会のルールが適用されないマンションに、規則や多数決原理という産業社会のルールを安易に持ち込んだことに本質的な問題がある。第三の波要は、産業社会という家や地域に生活基盤を持たない社会の中で、分譲マンションという区分所有者全員が共同体を形成し、農業社会では一般的だった家父長的なリーダーシップによる自治、あるいは産業社会の規則と多数決原理による自治を求めたことに問題の本質がある。マンション管理適正化法の制定により、野放図だった管理会社に規制が加えられ、マンション管理士が誕生して3年半が経過したが、本質的なマンション問題の解決に至らない理由はそこにある。せっかく熱意に溢れたマンション管理士がたくさん誕生しても、その活躍の場は極めて限定的である。多くのマンションは所有者自治の理想を実現できないまま、管理会社への全部委託を惰性的に続けているのが実態である。今の日本は、長い不況、フリーターやニートの増加、少子高齢化など、これまでの産業社会が副産物として生み出したトラブルに見舞われている。これまで産業社会が求めてきた規格化、画一化、規則厳守、多数決原理の考え方がゆらぎ始めている。今後日本は団塊の世代が定年を迎え始める2006年問題や、人口の減少が始まる2007年問題、世帯数の減少が始まる2015年問題など、今まで経験したことの無い世の中を迎える。ひとつの価値観を尊重して、それに盲従していれば生活基盤の安定を得られた時代は終わったのである。まさに、価値観が多様化し、情報の洪水の中で多くの人々が行き先を見失う「第三の波」の世界が、マンション管理の世界にも到来したと言える。求められるリーダー像では、これからのマンション管理はどこに向かうべきなのか？ひとつのヒントは、最近のインターネットの発達による、新たなコミュニティの発生にあると考える。地域によるコミュニティでもなく、会社や職能によるコミュニティでもない。「情報」によって繋がれた新たなコミュニティの発生である。この新たなコミュニティでは旧来型のコミュニティが持っていたのとはまったく異なるリーダーシップと管理体系が求められいる。すなわち、家父長的なリーダーは存在せず、絶対的な規則もなく、多数決原理ですべてが決まるわけでもない。ネットにより気軽に情報交換を行い、情報を共有することで精神的なつながりを持ったコミュニティ形態である。コミュニティの構成員は多様な価値観を持ち、それぞれ別のコミュニティにも所属している。会社勤めの人には会社というコミュニティがあり、ボランティア活動をしている人にはボランティア団体のコミュニティがある。趣味の同好会のコミュニティもあれば、インターネットの掲示板やメーリングリストも立派なコミュニティである。当然、ひとつのコミュニティへの帰属意識は相対的に希薄なものとなる。マンションの管理組合は、数多くのコミュニティの中のひとつに過ぎないのである。夏祭りやバーベキューなどのイベントでコミュニティの形成を図るマンション管理組合もあるが、マンション管理という本質を見失った状態では、それは表面的なつながりにしか過ぎなくなる危険性もある。ここでのリーダーは、「管理者」というよりは、むしろ「世話役」という位置付けになる。情報という形のないものを基にしたコミュニティを崩壊させることは実に簡単だ。情報の流れを止めるだけでよいからだ。それは、血管が詰まって血流が止まり、脳梗塞を起こす状況と似ている。したがってそこでのリーダーはコミュニティの中で情報の流れが止まることのないように、常に気を配る必要が生じてくる。この新しいコミュニティでは情報収集と広報活動が重要な位置を占める。リーダーは自らの考えをコミュニティに伝えて、そのコミュニティの進むべき方向をしっかりと指し示すことができないといけない。しかし、ひとつの考えだけに囚われてもいけない。常にコミュニティの中の意見に耳を傾ける必要がある。自分の考えだけを押し付けるリーダーは失格である。コミュニティ全員の理解が得られない考えは構成員に不満が生じて抵抗が増す。ちょうど末端の血管が細っているような状況だ。無理やり血液を流そうとすると血圧が高くなり、いつ脳内出血が起きてもおかしくない危険な状態になる。そのためには掲示、回覧、広報紙の発行などの広報活動に力を入れる一方で、意見箱の設置やアンケート調査など、構成員の意見を吸い上げる努力も必要になる。そこでは色々な意見が上がってくるが、少数派の意見も重視しなければならない。意見が対立した場合は、多様な価値観・立場を尊重して、それぞれに正当性を与える決着が望まれる。これには方程式のようなものはない。リーダーはその場その場で判断して瞬時に問題を解決していく、サッカー選手のような能力が求められる。自分の前に転がってきたボールをどの方向に蹴るべきか、瞬時に判断して行動に移さなければいけない。いちいちタイムを取って監督やコーチに助言を求めることは出来ないのだ。情報によるコミュニティ形成すでに広報活動の重要性に気づいたマンション管理組合も少なくない。毎月広報紙を発行したり、管理組合でホームページを持つマンションも現れ始めた。しかしこれらの多くが一部の意識の高い居住者だけに頼った運営になっている。これはマンション管理にとって本来あるべき姿ではない。個人の努力に期待したマンション管理は結局長く続かないのだ。一方で、管理会社のサービスの一部として、コミュニティ紙を発行したり、ホームページの作成サービスを行うところも現れている。しかし、管理会社のコミュニティ紙はマンション管理に関する一般的な話題や他のマンションの事例紹介ばかりで、多くは目も通されずにゴミ箱行きになっている。なぜなら、住人が本当に欲しい情報は、自分の住んでいるマンションに関する記事だからだ。同様の理由で管理会社がホームページを作成しても、あまり活用されているという話は聞かない。そのマンションの実情に疎い管理会社の担当者は、ホームページ管理者としては適任ではないからだ。血の通った広報紙、ホームページにするには、「世話役」とも言うべきリーダーが気軽に自分の考えやマンションの実情を発信できる環境がないといけない。残念ながら、そのような環境は整っていないというのが実情である。しかし、インターネットの普及に見られるような情報技術の発達により、そのようにリーダーが気軽に情報を発信したり、コミュニティの構成員同士が気軽に情報交換をしたり、意見交換をしたりすることが容易にできるようになった。例えばリーダーや管理員がブログで管理の状況を書き込んでもいいだろう。住人全員の参加によるメーリングリストを設置して、住人全員が気軽に情報交換や意見交換できる場を設けてもいいだろう。インターネットの利用ができない一部の住人に配慮する必要は残るものの、このような情報技術の活用により、「情報」によるコミュニティが簡単に構築できる時代になったことは歓迎すべきことである。交通機関が未発達だった農業社会では、情報はもっぱら長老が独占していた。隣の村との交流も限られたものであり、同じ地域の人間はごくわずかの情報を全員で共有していた。その後、産業社会を迎え、交通機関が発達すると、地域のコミュニティを越えて、職業や趣味によるコミュニティが形成されるようになった。しかしコミュニティに参加するということは、自分がその場所に移動することを意味していた。そのため、家にいる時間が少なくなり、自分の家や地域に関する関心も薄れていった。しかし、これからは情報社会を迎えて、情報によるコミュニティ形成の時代になった。わざわざ満員の通勤電車に乗って長時間通勤に耐えなくても、在宅勤務が可能になった。今や、家にいながらにして仕事もできる時代である。2006年以降、定年退職を迎える団塊の世代も、家にいる時間が今よりは長くなることは間違いない。会社勤めの頃と違って時間的にも余裕ができるため、マンション管理のような地域コミュニティへの参加意識も高まってくることになる。年功序列・終身雇用制の崩壊、派遣社員や契約社員の増加により、会社への帰属意識も低い人間が増え、自分の生活に関心が高まってくる。そのような人々を結びつける手段として「情報」によるコミュニティが重要になる。そのコミュニティは区分所有法が規定するような区分所有者の団体ではない。マンションの居住者全員が構成員となる。区分所有法が定める区分所有者による多数決原理は必要条件ではあるが、十分条件ではない。円滑なマンション管理を目指し、合意形成を図るには居住者全員がコミュニティの構成員となる必要がある。マンション管理士に求められるもの2007年からは日本の人口も減少を始める。2015年からは世帯数も減少を始める。これはマンションなどの住宅ストックが余り始めるということを意味する。一方で、東京湾岸の超高層マンションの建設ラッシュに見られるように、都心回帰の傾向も弱まるきざしがない。郵政民営化により郵貯と簡保が保有する膨大な国債が市場で売りに出されることになれば、国債の価格の低下と金利の上昇につながる。住宅の債権化が進み、都心部で良質な賃貸物件が数多く提供されるようになれば、無理に住宅ローンを組んで金利の高い借金を抱えてまで持ち家にこだわる人は少なくなる。日本経済の国際化と構造改革により、一握りの高所得層とその他多数の低所得者に２極化する。少子化の一方で、介護や単純労働者への需要は増え、外国人労働者が流入してくる。このような中で、近い将来、郊外の既存マンションは売りたくても買い手のいない状況になる。間違いなく中古マンション価格は暴落する。買い手どころか、借り手すらつかず、賃貸料も暴落する。郊外の分譲マンション住人の大半は高齢者となり、低所得者と外国人労働者の賃貸居住者だけが住むところになる。そのような新しいマンション管理の世界で、新しいリーダーに求められる資質は、価値観が多様で、帰属意識の薄い構成員をまとめていく力量である。価値観の多様化した世の中では、答は決してひとつではない。そのような新しい社会の中で、マンション管理士の果たすべき役割を、マンション管理適正化法が定める「管理組合の相談に応じ、助言・指導を行う」という枠にはめて考えている限り、マンション管理士に未来はないだろう。マンション管理士が何をすべきなのか、何が求められているのか、ひとりひとりがマンション管理の現場で感じてほしい。繰り返して言う。価値観の多様化した世の中では、答は決してひとつではないのだ。</description>
      <pubDate>Sat, 24 Sep 2005 16:29:59 +0900</pubDate>
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