笑い話で済まない「マンション管理士のマンション」

「紺屋の白袴」、「医者の不養生」、いずれもその道のプロが自分のことには意外と無頓着であることを例えた言葉です。紺屋が白い袴を履こうが、医者が不摂生なことをしようが、他人に害がなければ問題はありませんが、似たような言葉でも「マンション管理士のマンション」の場合は、笑い話で済まないこともあるようです。事実、マンション管理センターに持ち込まれる相談の中に、マンション管理士の資格を持つ区分所有者の専横に困っている居住者からの相談がかなりの件数あるようです。

実際に私が関与したマンションでも、マンション管理士の資格を持つ区分所有者が理事会で主導権を握り、強引に大規模修繕工事の業者や工事内容を決めるなど、他の多くの区分所有者から反感を買っているケースがありました。当のマンション管理士に悪意があるかどうかはともかく、他の区分所有者の気持ちを無視して、きちんとした合意形成のプロセスも経ないで管理組合活動を進めていくことは、仮に法的には問題がないとしても、快適な居住環境を得るという本来の目的からは大きく外れたものであることは否めません。

そもそもマンション管理士の資格は、区分所有法やマンション管理適正化法などの法的知識や、建物・設備に関する技術的知識されあれば取得できますが、マンション管理士としての業務は、単にそれらの知識や経験があるだけでは務まりません。他人への気配りや思いやり、いかなる困難も乗り越えることができる意思、自分の欲求や衝動を抑えることができる自制心、他人とうまくやっていける協調性、他人の失敗を暖かく受け入れる寛容さ、集団をまとめていける統率力、自分の考えや気持ちを他人に伝えることができる表現力、交渉力や紛争解決能力など、高い社会的知性を身に付けた人間でないと、本来の目的を達成することはできません。
—UnderThisSeparatorIsLatterHalf—
このような社会的知性の伸ばし方は学校の授業では教えてくれませんが、多くの場合、家庭や学校、仕事などの社会生活の中で、次第に身に付いていくものです。しかし、生まれながらの気質や育った環境などにより、それらをきちんと身に付けずに大人になってしまった人間も多いようです。マンション管理士の中にそのような欠陥人間がいても別に不思議なことではありません。

もし管理組合が外部のマンション管理士に顧問業務や管理者業務を依頼するのであれば、そのような欠陥マンション管理士にはお呼びがかかりませんし、仮に契約にこぎつけたとしても、長くは続かないでしょうから、問題はありません。そのような欠陥マンション管理士は、自然に市場から淘汰されていきます。逆に、市場から淘汰されないためにも、マンション管理士は、自らの社会的知性を高めていく努力をすることになります。

しかし、そのような欠陥マンション管理士が区分所有者となっている場合、そのマンションは悲劇です。区分所有者である以上、管理組合から排除することはできないですし、マンション管理に関する知識だけは他の区分所有者よりも豊富に持っているので、やっかいです。法的に正しいことが、必ずしもマンション居住者が幸せになれることとは限りませんが、そのことを理解せずに自説を押し通すマンション管理士は、管理組合を引っ掻き回すだけの迷惑な存在になってしまうからです。

では、このような社会的知性に欠陥のあるマンション管理士をどうしたらよいのでしょうか。ひとつにはマンション管理士試験を強化して、そのような人間を排除する方法がありますが、これは他の資格試験でも実現できていないことですから無理でしょう。あるいは、倫理規定をしっかり定めるとか、罰則を強化するという方法でも一定の効果はあると思いますが、それだけでは不十分だと思います。なぜなら、ごく一部の悪意のあるマンション管理士は別として、社会的知性に欠けたマンション管理士の多くは、そのこと自体に気が付いていないですし、本人には間違ったことを行っているという意識がないからです。

私は、やはりマンション管理士に関する苦情窓口を設ける必要があるのではないかと考えます。そして苦情に基づいて事実確認を行い、もしマンション管理士に問題があるようなら、再教育などを行うことで対処します。一方、何らかの誤解による苦情であった場合には、その誤解を解くだけで解決する場合もあるでしょう。

ひとつには区分所有法の定めるマンション管理適正化センターであるマンション管理センターがその窓口となることが考えられます。事実、冒頭で紹介したように、かなりの件数の相談が持ち込まれているようです。しかし、残念ながらマンション管理センターはそのような苦情に対応する法的な責任を負っていないので、きちんとした対応が取れていないのが現状のようです。

法が整備されるまで、手をこまねいて待っていても仕方ありませんから、私はマンション管理士会がこのような苦情窓口を設けてもよいのではないかと思っています。どこのマンション管理士会も、その目的のひとつに、「マンション管理士の能力の向上」を謳っています。そうであるなら、法的・技術的な知識の向上だけでは不十分で、社会的知性の向上も図る役割も負うべきではないでしょうか。そしてそれは、マンション管理士会に所属するマンション管理士と、所属しないマンション管理士の差別化を図るためにも、意味のあることだと思います。

もちろん、今のマンション管理士会の体制では、とてもそこまで手が回らないという事情もあるでしょう。しかし、このようなマンション管理士を会員として抱えていることは、逆に管理士会にとして社会的責任を果たしていないと言われても仕方ありません。少なくとも、会員に対する苦情があった場合には真摯に耳を傾け、それが事実であるかどうかを確認し、調査結果をきちんと報告し、会員側に何か問題があれば適切な指導を行う体制づくりが今後は求められるように思います。マンション管理士業の発展のためには、避けて通れない道のように感じています。