管理組合は民主主義の学校か?

日経BP「マンション新時代」の2005/08/08付記事「「マンション管理をカスタマイズ!」田村哲夫氏にきく(上)」で、マンション管理士・一級建築士の田村哲夫氏が、「マンション管理組合は民主主義の学校」であると指摘しています。民主主義が日本に根づいてないから、管理組合にも民主主義が根づいてないとのこと。

たしかに、政治に関心のない人が多いように、管理組合運営に関心のない居住者が多くても不思議はありませんね。なぜそうなるのかというと、やはり管理組合運営は自分にはあまり関係ないと思うからでしょうし、仮に多少関係があるとは感じても、誰かがやってくれればいいという主体性のなさに問題がありますね。

でも、一番の問題は、管理組合運営自体が楽しくないことでしょう。理事会に出てもしゃべっているのは一部の役員と管理会社のフロント担当者だけで、残りの出席者は黙ったまま。役員と言っても名ばかりで、特に任務が与えられている訳ではなく、管理会社がすべてやってくれる状態では、楽しくもないし、やる気も起きないですよね。

これは役員に報酬を与えれば解決するかというと、そういう問題でもない。楽しくもないことはいくら報酬をもらっても苦痛なだけで、当人にとっても不幸なことです。逆に報酬を与えれば喜んで管理組合運営をやってくれるプロの人たちがいます。マンション管理士です。私は居住者全員が政治家になる必要はないと思います。居住者の中に政治家としてふさわしい人がいるならば、それはその人に役員をお願いすればいい。だけど、居住者の中にいないのであれば報酬を支払って外部の専門家にお願いをするのもひとつの方法だと思います。

民主主義を実現するには、別に自分が政治家にならなくても、政治家としてふさわしい人を選べることができればいいのです。マンション管理士制度が出来るまでは管理会社が経営者の役目を負っていたのですが、これには様々な問題がありました。経営者が自分自身に請負仕事を発注する形でしたから、管理組合の利益と経営者の利益が相反する形だったわけです。いわば政治家が談合を繰り返す土建屋だったようなものです。これではうまくいくはずありません。

もはや、区分所有者や居住者が義務感だけで努力してマンション管理組合を運営していくという時代は終わったと思います。これからは、経営を任せる専門家を自分たちの目でしっかり選ぶということが大事になるでしょう。もし居住者の中にふさわしい政治家(役員)がいるのなら、その人を選んでも構いません。その結果、区分所有者は資産価値の維持ができて、居住者は快適なマンションライフを楽しめれば、多くの人にとってはそれで十分幸せなことなのですから。