個人情報保護に対する考え方

[b]情報に価値がある時代[/b]
価値がモノからカネ、そして情報へと移っている。モノやカネはそれ自体が持つ価値しかないが、情報は使い方によっていくらでも価値を生む。情報はいくら使っても減ることはないし、複数の情報を合わせることで、新たな価値を生み出すことができるからだ。

日本の高度成長期はまさにモノ作りによって達成されたものだった。大量生産により、巨大な生産設備を持つ製造業が牽引役となった。米国という巨大消費マーケットを背景に、モノを大量に作れば作るだけ売れた時代だった。このような時代ではとにかく生産性が重視された。限られた生産設備で、単位時間に出来るだけ多くのモノを生産する能力の競争となった。当然のように生産設備は巨大化し、機械化が進み、工場労働者の単純作業によって大量生産することが儲かる仕組みだった。

しかし、極限まで生産性を向上させた結果、モノ余りの時代が訪れた。単純にモノを大量生産するだけでは儲からない時代になった。それは単純なモノ作りよりも、アイデアが尊重される時代である。大量生産・大量消費のただ大量にモノを作れば儲かる時代は終わり、市場のニーズに合致したモノやサービスをタイムリーに提供する者が勝者になる時代になった。そのような時代では、モノやカネも大事だが、最も重要視されるのは情報である。もはや企業規模や資本の多寡だけでは勝負は決まらない。競争相手よりも、より多くの情報をより早くキャッチして、市場のニーズに合致した商品やサービスを迅速に提供することができた者だけが生き残れる時代になったのだ。
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それに伴って、情報に対するセキュリティの重要度が高くなった。情報の持つ価値が高くなると同時に、モノやカネといった財産を守ると同様に、個人情報やプライバシーといった情報も財産のひとつの形として守らなければいけない時代になった。かつて「水と安全はタダ」と考えていた日本人にとって、氏名や住所、電話番号といった個人情報も、電話帳や卒業名簿、自治会名簿などにより、タダで容易に入手できるものだった。しかし、もはや水や安全をカネで買うようになった時代である。個人情報が持つ価値についても、特別な意識を払わないといけなくなった。

わが国でも近年プライバシー保護の意識が高まりつつあったが、今年4月に完全施行された個人情報保護法によって企業での対応が進むにつれて、そこに勤務する従業員を中心として、一般消費者の間にも個人情報やプライバシーの保護に対する意識がすっかり浸透した。マスコミによって毎日のように報道される個人情報漏洩事件や、迷惑セールス電話、大量に送りつけられるスパムメールの山、振り込め詐欺、クレジットカードやキャッシュカードの不正使用など、個人情報やプライバシーに関するトラブルも身近なものに感じられるようになった。インターネット上に流出した個人情報は、あっと言う間に全世界にばらまかれる。高校や大学の卒業名簿が高額で取引される。個人情報保護法の施行とは関係なく、プライバシーの保護に対する関心は高まっており、これは止めることのできない時代の流れである。

[b]個人情報の価値[/b]
個人情報の価値が「1万円」という判例がある。この事件は1999年5月に、京都府宇治市の住民基本台帳データ約22 万人分が漏洩したもので、開発業務の再々委託先のアルバイト社員による不正コピーが行われ、30万円で名簿業者への販売が行われたものである。転売によるインターネット上での公開という被害に対して、住民3名から市への100万円損害賠償請求が行われた。そして、平成14年7月11日の最高裁判例により、氏名、住所、性別、生年月日の基本4情報を漏洩した場合、慰謝料は1人につき1万円(+弁護士費用5千円)という判断が示された。

実際に一般企業にとって、個人情報の漏洩事故が多額の損失を生じる要因となっている。昨年マスコミを賑わせたヤフーBBの451万件の個人情報漏洩事件では、事後処理のため40億円以上の損害が発生したと言われている。ジャパネットたかたの51万件の漏洩事件では、1ヶ月半の営業自粛により、150億円の損失が発生した。今年のカカクコムの22,511件の漏洩事件では、対策費用として4,100万円の特別損失が計上された。サイトの一時閉鎖による損失は2億5000万円と見込まれている。

今年の国勢調査でも、調査票を盗まれるトラブルが続出したようだ。調査員が自宅に保管していた調査票を盗まれるケース、調査員がバッグを盗まれるケース、ニセ調査員に騙し取られるケースなど。職種や家族構成が書かれた調査票は、振り込め詐欺などのグループにとって好都合の名簿になるようだ。

振り込め詐欺、迷惑セールス電話、個人情報を悪用したトラブルや犯罪は枚挙にいとまがない。個人情報がカネになる時代だ。自治会の居住者名簿、学校の連絡網、卒業生名簿などは当たり前のように配布されていたが、今はそういう時代ではなくなったようだ。個人名電話帳(ハローページ)の掲載率も年々低下しており、90年代では加入件数の70%以上が掲載されていたが、今や都市部の掲載率は30%台まで落ちたらしい。それらの名簿はたしかに便利なものには違いがないが、それらに個人情報を提供することによって得られるメリットとデメリットを個人個人が判断する時代になったと言える。

[b]管理組合が注意すべきこと[/b]
一部の管理組合では、逆に管理規約によって居住者名簿の提出を義務付けるような動きもあるが、それは時代の流れを読み違えた大きな間違いだ。マンション内に良好なコミュニティーを確立するための動きとして評価できる面もあるが、逆に個人情報保護に対する意識の違いが居住者間のトラブルにつながってしまうのではないかと心配している。そもそも管理組合は、共用部分の管理のために区分所有者によって構成されるオーナー団体に過ぎず、その区分所有者が所有する専有部分に、自分の家族を住まわせようと、他人に賃貸しようと、愛人を囲おうとも、それは区分所有者の自由であり、そのプライバシーまで管理組合が立ち入るべきではない。たしかにコミュニティー形成は重要だが、個人のプライバシーを侵害してまで優先されるべきものではない。居住者名簿の提出はあくまでも自由意志によるものでなければいけないし、それを管理組合だけが保管するのか、居住者全員に名簿を配布するのか、事前に明確にした上で情報収集しないと、必ずトラブルの基になる。

その半面、大地震などの災害時には、管理組合が緊急連絡先を知っておくことが大事である。阪神淡路大震災の教訓として、建物が損壊した場合、区分所有者の避難先に連絡を取ることは困難を極めた。留守宅でガス警報が発生したり、トラブルが発生したときに緊急に連絡する必要が生じることがある。しかし、これらの緊急連絡先は平時には知る必要のないプライベートな情報である。これに対するひとつの方法は緊急連絡先を記入した書類を封筒に入れ、部屋番号だけが見える状態にしておくことだ。管理会社で施錠保管して、役員も見ることはできないようにする。緊急時には管理会社が開封し、その緊急連絡先と連絡を取る形だ。

多くのマンションでは入居時に居住者名簿の提出を義務付けている。マンション購入者や賃借人にとっては、それは数多くの提出書類の中のひとつと考えてあまり気にせずに提出していたものだが、今後は明確にその用途を知らせた上で提出を依頼する形にすべきだろう。用途を明確にせずに集めたものであるなら、名簿を作成して全居住者に配布するようなことは絶対に避けるべきだ。ただし、何年も前の入居時に提出してもらった居住者名簿に記載された勤務先などの情報はすでに古くて使えないケースが多い。毎年とは言わないまでも、定期的に緊急連絡先を再提出してもらう必要はあるだろう。

[b]マンション管理士が注意すべきこと[/b]
管理組合への助言・援助を業とするマンション管理士は、まさに自分が持っている情報を売る商売だとも言える。それだけに個人情報の取扱いとプライバシーの尊重には最大限の配慮をしなければならない。他人が持つ情報の価値の分からない者には、自分の持つ情報を売ることもできない。個人情報の価値に無頓着なマンション管理士は、それだけで情報を売る商売には不向きと言っても過言ではない。意外と見落とされがちな以下の点について、一度チェックされることをお勧めする。

(1) 公私の活動を通じて知りえた個人情報を、それを知る必要のない第三者に不用意に開示していないか?
(2) 他人から受け取ったメールを、発信人やCC欄のメールアドレスが残ったままで、そのまま第三者に転送していないか?
(3) パソコンに起動パスワードやHDDパスワードを設定せずに、個人情報を保存していないか?
(4) 顧客情報の含まれる書類を、シュレッダで粉砕せずにそのまま廃棄していないか?
(5) 個人情報を保存したパソコンを廃棄するときに、データ消去の専用ソフトウェアを用いたり、HDDを物理的に破壊して情報が読み取れない状態にしないままで廃棄していないか?